一方のリイシューの音だが、その前にハーフ・スピード・カッティング(マスタリング)について簡単に説明しておきたい。これはその名のとおり、マスターテープの再生とカッティングレースの回転を通常の半分のスピードに落としてラッカー盤に丁寧に音溝を刻んでいくマスタリング手法である。これにより音質の大幅な向上が見込め代わりに恐ろしくノロい再生音を聴きながらカッティングしなければならないため、通常の作業よりも遥かに専門的で高度な技術が求められる(実際この技術を扱えるエンジニアは世界に数名しかいないらしい)。また、単純に作業に倍の時間がかかるので、それだけコストも嵩んで商品としては高価にもなるわけだ。
本リイシューを手がけたマスタリング・エンジニアはMetropolisからAbbey Roadに移籍した Miles Showellだろう。クレジットはされていないが、ランオフからそれが推測できる (a)。
(a) MILES ABBEY ROAD |
彼は2013年にCalmがリリースしたハーフ・スピード・カッティング盤の12"をマスタリングしていたエンジニアだ(個人的にハーフ・スピード・カッティングの音の素晴らしさは、この12"を聴いて実感した)。最近はやはりハーフ・スピード・カッティングを売りにしたMastered At Abbey Road Studiosシリーズのリイシューなどを手がけている。YouTubeに彼がこのシリーズのマスタリングについて語っているなかなか興味深い映像がある。
さて、リイシューを再生してみると、その音はやはり一聴してハーフ・スピード・カッティングならではの効果が大いに実感できるもので、とにかく非常に歪が少なく抜けがよい。オリジナルと較べて音像の見通しや立体感が向上しており、目の前に広大な音場が展開するので、作品のアドヴェンチャー度、ウルトラワールド度が俄然高まる。また、高域、低域ともに自然に伸びており、全体的に弾力に富んだメリハリのある音が楽しめる。オリジナルがダンスミュージック的なマッシヴでパンチーな鳴りだとすれば、リイシューの鳴りは上品で懐の深い、ソファーに身を沈めてじっくり耳を傾けたくなるような音である。前回述べたとおりマスターはDAT(48 kHz/16 bit)なので今日の基準からすると決して高解像度のデジタルマスターとは言えないのだが、ハーフ・スピード・カッティングによる明らかな音質の向上はマスター本来のポテンシャルの高さを示すものでもあろう。
結論として、今回のリイシューは期待を上回る素晴らしい音を聴かせてくれるものであり、今のところこの作品のリファレンスになるのではないかと思う。この作品の長年のファンであれば、聴いてみる価値は大いにあるだろう。ただし、個人的には音質向上を図った4枚組のデメリットも同時に感じてしまった。というのも、盤の裏返しと交換の回数が増えてドップリ作品に浸れないのである。オリジナルはA~D面それぞれにタイトルが付けられた4部構成(Earth Orbits/Lunar Orbits/Ultraworld Probes/Ultraworlds)で各面の曲間はつながっているのだが、リイシューでは曲間のトランジション部分で面(盤)が切り替わるところがあり(その部分は前後を若干オーバーラップさせてフェードアウト/インしてある)、せっかく気持ちよく聴き入っていてもそこで我に返って腰を上げなければならない。特にこの作品のようなトータルコンセプトアルバムの場合、盤をとっかえひっかえする頻度が3回か7回かで作品への没入度は大きく変わってくる。作品の流れと音質のどちらを重視するか・・・ファンとしては悩ましいところだ。
今回の執筆に当たっては、エンジニア、ミキサーとしてこの作品に携わっていたAndy Falconerの下記ウェブサイトや彼のコメントを掲載しているブログを参考にさせてもらった。元OrbのKris Weston(Thrash)がこの作品やAlex、Andyについて口汚く罵っている記事への返答として書かれたもののようだが、制作にまつわる大変興味深い話を読むことができる。
Andy Falconer Projects: An ORB Footnote
Skylight Heterodyne: Andy Falconer on the making of “The Orb’s Adventures Beyond the Ultraworld”
というわけで、また来年“U.F.Orb” 25周年記念盤(?)で再びお目にかかろう。
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