Manuel Göttsching “E2-E4” (1984/1987)



作品そのものの価値については今さら語るまでもない、エレクトロニック・ミュージックの歴史に燦然と輝く名盤中の名盤である。今回はこの作品の独盤LP 2種類(オリジナルと最初のリイシュー)について書いてみたい。

この作品に出会ったのは1996年で、当時の職場近くにあった六本木WAVEで買い求めた。後にズッパまることになるハウスやテクノはその頃まったくの門外漢であったこともあり、この作品についても予備知識もないまま店頭のポップに誘われて手に入れたのだけれども、いざ帰って期待しながら針を落としてみたところ一切ピンと来なかったことをよく憶えている。まだまだ血の気の多い20代前半のロックファンだった自分にとっては、ひたすら単調で、シンコペートするシンセのシーケンスなども軟弱で妙にオシャレな印象を伴って退屈に聴こえてしまい、その後長いこと聴き返すこともなくレコード棚の肥やしとして放置されることになった。(その頃会社の同期にジャーマン系好きの女子がいて、彼女にそんな感想を漏らしたら「じゃあ、ちょーだい」と言われた。そのとき彼女にプレゼントしていたらこの記事のネタはなかった。)

結局のところこの音楽をどのように聴いたらよいのか分からなかったのであるが、実際リリース後Larry LevanのプレイやSueño Latinoのリリースなどダンス・ミュージックの文脈において注目を集めるまでは、多くの聴き手にとって相当異質の音楽だったのではないかと思う。エクスペリメンタル・ミュージックにしてはやけにスムーズで耳当たりが良いし、それまでのManuel Göttschingの作品を踏まえるとミニマル過ぎるし、ミニマル・ミュージックにしてはエモーションが滾り気味だったりと、いずれにせよ当時としてはどこにも受け皿がないような音だったのかもしれない。

しかし、個人的にはその後さまざまな影響で聴く対象の範囲も拡がってやっとこ自分の耳も追いついたのか、今ではかつての評価をすっかりちゃっかり翻して数年前にオリジナル盤にも手を出している始末である。というわけで、前置きが長くなったがレコードについて触れてみよう。

まずは20年前に入手したRacket Records盤(RRK 15.037)。Discogsによれば1987年にリリースされた最初のリイシューがこれに当たる。リリース後10年近く在庫が売れ残っていたのか、その間にリプレスされていたのかは分からないが、当時新品で購入したものだ。チェス盤を模したデザインジャケットはニス引きもなくマットな質感で、表面左上にはレーベルのロゴがある (a)。盤は厚みがあってずっしりと重く、念のため今回測ってみると案の定信頼(?)の約180 gである。レーベルは白地に黒のものもあるようだが、うちにあるのは黒字に銀色で印刷されている (b)。
(a) (b)

一方オリジナルは1984年にKlaus SchulzeのレーベルInteam GmbHからリリースされたもの(ID 20.004)。ジャケットはフィルムコーティングされており艶がある (c)。また、エンボス加工が施されて市松模様のそれぞれの矩形が互い違いに凸凹になっており、コーティングと相まって非常に美しい (d)。一切のクレジットを排した裏面がさらにその美しさを引き立てている (e)。正にオリジナルならではの趣でリイシューとは段違いの風格がある。(最近Manuel Göttschingが自身のレーベルからリリースしたリマスター盤のジャケットも写真で見る限りエンボス加工され裏面のクレジットも無しのようだが、表面にレーベルのロゴやバーコードがあったりして詰めの甘さが露呈しているように思う。) 
(c) (d) (e)

盤はリイシューよりも軽い約140 g。レーベルにはレ
ベルコード(LCマーク)がないものもあるようだが、うちにあるのはレーベルコードが印刷されている (f)。
(f)

そして、何はともあれ気になるのはそれぞれの盤の音についてだ。実はオリジナルを手に入れたときにまずは両者のマトリクスの確認をしたところ、ある事実が判明した。それは下記のとおりどちらも同一のマトリクスということである(ただし、リイシューには新たにRacket盤としての情報が手彫りで書き加えられている)。

  • A面: STID 20.004 A2 SNB 
  • B面: STID 20.004-B Mastered By SNB

せっかく手に入れたオリジナルにもかかわらず、蓋を開けてみたらそもそもリイシューもオリジナルのラッカーを流用していたなんて…。しかも盤は先述のとおりリイシューのほうが分厚い信頼の180 g(しつこい)。ジャケットの美しさはともかく、これでは肝心の音の違いに期待などできないじゃないか!?と盤をしげしげと見比べながらションボリと肩を落としたのだった。

そういうわけで結局はオリジナルもリイシューも音は一緒(泣)。…てなオチであれば、わざわざ恥を忍んでこんな記事を書くまでもないのである。そう、幸いなことに実際に聴き比べてみれば両者の鳴りにはそれなりに明確な違いがあって、やはりオリジナルの音には優位性が認められたのであった。この違いの要因はマザー、スタンパー、材質の調合、プレス機などさまざまに考えられるが、それらを突き止める手立ては無くすべては謎だ。そういう意味では、リイシュー初期盤ならオリジナルと大きな差がないということもあり得る。まあ、有名なところではビートルズ “Please Please Me” のゴールド・パーロフォンとイエロー・パーロフォンのように同一マトリクスであっても明らかに音が違うと言われるし、この辺りがマニア心を刺激するアナログ盤特有の魅力でもあろう

具体的な鳴りの差異は特に高音域において顕著で、オリジナルの方がウワモノの飛び具合やキラキラ感が高く、これに伴い空間表現もより広くかつ立体的に感じられる。また、後半のギターの音についてもピッキングのアタック感やニュアンスの違いが鮮明に表現されている。総じてリイシューと比較するとオリジナルの響きは心地よく、この作品の肝ともいうべきトランス感がより豊かに味わえると思う。

とは言え、そもそもことさら優秀な録音の作品ではないだろうし、この違いも一聴してガツンと実感できるような類のものではないかもしれない。今回も最後に参考までに同一の条件で録音した両者のクリップを載せようかとも考えたのだが、録音した音源での差異はかなり微妙で、ましてやMP3に変換してしまえば自分でも判別できる自信がないため断念した。

12 件のコメント:

  1. Discogsによるとオリジナルは4chとのコンパチみたいなので音は明確に違いそうですね。いつか聴き比べしてみたいです。

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    1. コメントありがとうございます。えー、Quadraphonicとのコンパチなんですか!? それは初耳です(Discogsで該当の記載が見つけられませんでした…)。

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    2. Inventions For Electric Guitarのオリジナルはそのようですね。

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    3. ああ、すみません、まさに「Inventions for〜」と勘違いしてました! 通常の2ch盤でそれだけ音が違うとなるとオリジナルが欲しくなりますね。

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  2. よかったです。びっくりしました(^.^)
    同じカッティングでも結構違って面白いです。オリジナルの方がレベルも若干高いですね。

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  3. 初めまして、inteamのID 20.004型番の物を所有しています。しかしジャケットが通常クリーム色の箇所がオレンジ色なのです。エンボスはManuel Gottsching名の箇所とチェスボードの一部分がエンボス加工されております。マトリクスはマシンタイプでSTID20.004-A2 手書きSNBB面はSTID20.004-B 手書きでmastered by SNBとあります。ドイツのディーラーから直接購入したもので、購入前に写真で送ってもらった際にはクリーム色で写真上のシミや汚れ、折れなども写真と同様ですが、何故か色のみオレンジ色になってます。ブートなのかどうなのか判別付かず疑問が膨らむばかりです。特に色はもとより、エンボス箇所が他のInteam盤は全チェスボードがエンボス箇所されいるのか気になります。ブートなのか正規リリース前のテスト盤なのか、、、。恐れ入りますが、情報などあればお願い致します。

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    1. https://plus.google.com/collection/sPZbIE
      写真を掲載してみました。

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    2. こちらこそ初めまして。コメントをいただきありがとうございます。
      珍しいブツをお持ちなのですね! ぼくもInteam盤についていろいろな情報を持っている訳ではないのでよく分からないのですが、写真を拝見したところカウンターフィットのようなものではなさそうですよね。
      お尋ねのエンボス加工については、うちにあるものはジャケット表裏ともにすべての升目が凸凹になっています。色はディーラーからの写真では色調が弄られていたのでしょうかね。
      また、うちのと比較すると、お持ちのものはレーベルにLCマークがありませんね。これは個人的な推測ですが、Discogsで確認する限り、Inteamのカタログではレーベル上にLCマークが印刷されるようになる過渡期にリリースされたのがこの作品のようなので(LCマークが20.003には無し、20.005には有り、この20.004には無し/有りの両方が存在する)、時系列的にはLCマーク無しのものが初期盤である可能性が高いように思われます。そういう意味では、お持ちの盤はおっしゃるとおり正規リリース前のテスト盤、サンプル盤ということも充分あり得る話ですよね。まあ、その辺りの真相はシュルツェ氏かゲッチング氏に確認するしかないかもしれませんが・・・。
      貴重な情報をシェアしていただきありがとうございました。

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    3. ご返信ありがとうございます。他の詳しい方や専門店にも確認してみましたが、かなり初期のプレスのオリジナルで間違いなく、恐らくはエラープレスかテストプレスだろうとの事。ドイツから届いた際には面食らいましたが、盤もピカピカなので大切にしようと思います。確かに真実はゲッチング氏か当時のInteam担当者しかわからないかもしれないです!こちらこそありがとうございます。

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    4. 写真で拝見しても盤の美しさが窺えました。初期プレスで盤質もよければ最高ですね!自慢できる逸品だと思います♪

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    5. ありがとうございます!今日ドイツの売り手から連絡がありました。これはBBCドイツで働いていた方からたくさんのプロモを引き取ったとの事で、その中の一枚だという事です。放送局プロモ盤ということらしいです。大切にしたいと思います。色々とありがとうございました!

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